私たちが住む世界は、ますます複雑に、グローバルに、そして相互依存的になっています。現代や未来を生きる世代は、広範囲にわたる様々な課題に取り組まなければなりません。そのためには、専門分野の垣根を超えて協力し合い、グローバル志向の考え方や問題解決方法を見つけていく必要があります。国際社会に参加するには、思いやりだけでは不十分です。私たちが属する多様なシステムを理解し、それに基づく責任ある選択をすることも必要です。
はじめは、グローバル領域があまりに大きく感じられて、ひるんでしまうかもしれません。けれど、ここで基本となる知識やスキルは、パーソナル領域とソーシャル領域で学んだのと同じものです。ただ、対象となる領域が、身近なコミュニティから社会へ、そして世界規模のコミュニティへと徐々に拡大していくのです。私たちは生来の能力によって自分や他人の言動を理解することができますが、この事実は、私たちがシステムの機能も理解できるように生まれついていることを示唆しています。この認識をさらに深め、批判的思考を複雑な状況に応用していくと、倫理的な活動に取り組むようになるでしょう。問題を細分化せず、より全体的なプロセスで解決するようになります。
グローバル領域は以下の三つのテーマに分けられます:
- 相互依存の真価を認める
- 共通の人間性を認識する
- コミュニティや世界への参加
相互依存の真価を認める
相互依存とは、「ものごとや出来事が背景なく生じることはなく、その存在に関わる無数のものごとや出来事に依存して生じる」という概念です。例えば、私たちが普段食べているものも、その原材料まで遡ってみると、多種多様な供給源から、とても多くの人々を介して私たちのところにたどり着いていることが分かるでしょう。さらに、相互依存には、「あるところで起きた変化が他のところの変化につながる」という意味もあります。どんな結果にも原因があり、事実、結果は、多種多様な原因と条件によって生じているのです。
相互依存について考える目的は、グローバルなシステムの機能に関する無味乾燥な理解を深めることではありません。ここで獲得した知識を、自分や他者、そしてこの地球と結びつけることです。
相互依存について考えるための視点は二つあります:
- 相互依存的なシステムの理解
- システムの枠組みの中の個
「相互依存的なシステムの理解」は、「内側」や「他者」という焦点を、より幅広いシステムに向けた「外側」の焦点へと移動させることに関連しています。このとき、因果関係のような、相互依存やグローバルなシステムの原則の理解に意識を向けます。「システムの枠組みの中の個」では、自分や身近な他者の存在が、無数の出来事や原因、そして全世界の人々と複雑に関わりあっていることを認識します。
相互依存的なシステムの理解
相互依存には、人間の生の本質的な現実と自然の法則の両方が含まれます。食糧、水、住処などの基本的な生活必需品を供給してくれる人々や、教育機関、法執行機関、政府、農業、交通、医療など、様々な機関のサポートがなくては、満足に生きることはおろか、生活を維持することさえできません。2007年から2009年にかけての全世界的な不況や、ますます深刻さを増す気候変動、そして世界中で起きている紛争などから、世界レベルの経済的・環境的な相互依存を明らかに読み取ることができます。
かつての社会では、他者とのつながりは日常にしっかりと根付いたものでした。私たちの先祖は、資源の分配や交換、作物の収穫、施設の建設、捕食者との戦いなど、様々な局面での社会的協調に依存して生き延びていました。しかし産業革命以降、人々は経済的な地位向上を目指してより流動的になり、コミュニティからも離れていきました。その結果、独立の幻想が生まれ、多くの人が「いったん成年に達した人はもはや他者を必要としない」と信じるようになりました。このような誤った自己完結の感覚は、現代の心理的・社会的な孤独の一因になっています。実際には、私たちは非常に社会的な動物なので、他者との関係なしには、生き延びることも精神的に健やかであることもできないのです。
システムの枠組みの中の個
相互依存のシステムの理解を深めるためには、私たち全員がどのようにその全体像に収まっているのかを考えなくてはなりません。これによって、「自分は他者から切り離されていて、大きなシステムからも独立している」という誤った考えを抱く傾向を回避しやすくなります。ここでは、他の人々との関わり方と、人間関係の複雑さを探究します。その結果、以下の三つのものを獲得します:
- システムレベルの他者への真の感謝の気持ち
- 他者の人生に影響を与える潜在能力についての深い認識
- より広範囲の人々に幸福もたらす行動をとる熱意
まず、自分の言動が他者に与える影響、そして他者が自分に与える影響について考えます。次に、他者がどのように自分の幸福を促進してくれているかを探究します。これには、リストを作って何度も見直すと良いでしょう。さらに、ソーシャル領域の知り合いだけに焦点を当てるのではなく、個人的には知らない人々やコミュニティ、システムまで、幅広い規模で考えてみましょう。無数の他者のサポートなくしては、豊かに生きるどころか、生きていくことさえできないと理解するのは、他者への真の感謝の気持ちを育てるのに欠かせないステップです。
私たちの生を支える人々の巨大なネットワークでは、あらゆる人が何らかの役割を果たしています。これに気づくと、相互依存の感覚が深まります。すると、他者が自分に何らかの利益を与えてくれることを認めるのに、彼らが自分にとってどのように有益なのかを正確に理解する必要もなくなります。この気づきがさらに深まると、自己中心的で負けず嫌いな考え方よりも、人間関係の相互依存的で互恵的な側面が優先されるようになります。他者との深い絆によって、共感的な喜びをさらに強く感じられるようになり、孤独は打ち消されます。他の人の成功を自分のことのように喜び、嫉妬や羨望、激しい自己批判、自己と他者との非現実な比較などは「解毒」されます。
共通の人間性を認識する
ソーシャル領域で育んだ共感的な気遣いのスキルと、相互依存の深い理解とを組み合わせると、他者への思いやりの感覚や、全ての人々を結ぶ相互関係の認識がさらに深まります。これらは共通の人間性をはっきりと認識することによって補強され、より強く、より広範にわたるものになります。ここで、全人類に共通する、精神生活や生活条件に関わる基本的な普遍性を認識するために、批判的思考に取り組みます。すると、どんな所にいるどんな人に対しても-とても遠くにいる人や、自分と全く違って見える人にさえも-いくらかの感謝や共感、思いやりを感じられるようになります。共通の人間性の探究には、以下の二つのテーマがあります:
- 全ての人に共通する基礎的な平等性を認める
- システムが幸福に及ぼす影響を正しく理解する
「全ての人に共通する基本的な平等性を認める」とは、私たちの友人や家族から、地球の反対側にいる見知らぬ誰かまで、あらゆる人が、喜びと幸せを熱望し、苦しみを避けたいと願っているという点で本質的に平等であると認識することです。「システムが幸福に及ぼす影響を正しく理解する」とは、世界規模のシステムがポジティブな価値観を受け入れるか、誤った信条を保ち続けるかによって、人々の幸福は促進されることも損なわれることもあり得ると理解することです。
万人の本質的な平等性を認める
誰もが基本的に平等な人間性を持つという認識を、身近なコミュニティの外側にいる人々にも拡大し、最終的には全世界の人々にまで広げていくことを目指します。このとき、成功や繁栄への願望や、苦悩や欲求不満を避けたいという思いなど、人間が皆共有しているものに焦点を当てると、偏った考えに陥ったり、他者のニーズを軽視したりすることが少なくなります。
このように他者を自分と同一の存在として扱うと、自分にとっての「仲間の輪」が次第に大きくなり、違う国籍や人種、信仰などを持つ様々な人々も仲間だと考えられるようになります。このような懐の深さは、個人の献血、自然災害が起きた際の寄付、自分が属していないグループが受けている不当な扱いに対する抗議行動まで、様々な形で示されます。相互依存の真価を認め、思いやりの心を持って他者を気遣うスキルは、偏見や距離感、自分の属する集団の外で起きている問題への無関心など、人間関係に関わる様々な障害に対処するための大きな力になります。
自分だけに集中していると、世界は小さく、自分の問題や心配事は巨大に感じられます。しかし、他の人々に目を移すと、世界が広がります。自分の問題は心の端へと押し流され、小さく見えるようになります。そして、他者と繋がり、思いやりのある行動をとる能力は高まっていきます。
システムが幸福に及ぼす影響を正しく理解する
システムがポジティブな価値観を促進したり、逆に問題のある信条や不平等を維持したりすると、文化面・構造面における人々の幸福は、それに応じて増進したり損なわれたりします。自分が不平等、偏見、先入観、えこひいきなどの対象にされたときにどのように感じるか、じっくりと考えてみましょう。歴史上の、あるいは現代社会における出来事も、問題のあるシステムが及ぼす影響について考える材料になるかもしれません。最後に、偏見や先入観は正当化され得るのか、あるいは、全ての人間は幸福を追求する平等な権利があるのかをよく考えてみましょう。
より幅広い人々への共感の力を育むことはとても重要です。私たちは共感力を生まれ持っていますが、大規模な苦しみや地球レベルの問題まで自動的に共感の対象に含めることはできないからです。たとえば、私たちは、たくさんの犠牲者よりも一人の犠牲者に共感する強い傾向を持っています。しかし、構造的・文化的な問題について学び、苦しみに対する正しい認識や洞察が深まると、様々な苦境に対してより思慮深く、複雑に反応できるようになります。
共通の人間性を認識することを通じて、様々な人種的・社会的集団に属する人々とコミュニケーションをとって協力する方法を学びます。このとき、他者への理解も、彼らに対する期待も、より現実的なものになります。自分と他者とが共有するものをより強く認識できるようになると、目に見える違いに対して不信感を抱くのではなく、違いの真価を認められるようになり、結果的に偏見や孤立の減少につながります。システムが個人の幸福に及ぼす影響を理解すると、私たちの共感力だけでなく、人類の苦しみの解決方法に関わる批判的思考も、さらに深く包括的になってゆきます。
コミュニティや世界への参加
相互依存の価値を正しく理解し、他者から受けている様々な利益に気づき、万人共通の人間性を認識すると、責任感が生まれ、実際に行動を起こそうという意欲が沸き起こります。すると、自然に、「自分が社会から受けているたくさんの思いやりに対して恩返しをしたい」、あるいは「助けを必要としている他者のために行動したい」と願うようになります。しかし、複雑なシステムやコミュニティ、世界に効果的に関わるには、どうすればよいのでしょうか。
SEEラーニング全体の目的は、思いやりのある世界市民としての自分の潜在能力を認識して最大限発揮することです。これを実践するには二つのステップがあります:
- コミュニティや世界全体にポジティブな変革をもたらすための潜在能力を使う
- コミュニティレベル・世界レベルの問題解決に関わる
この二つは似ていますが、初めのステップでは、ポジティブな変化を起こすために、自分が持てる能力や機会をつかって何ができるのかを理解します。二つ目のステップでは、自分の属するコミュニティや世界に影響している問題を解決するクリエイティブな方法を探究します。
コミュニティや世界全体にポジティブな変革をもたらすための潜在能力を使う
コミュニティや世界に参加して、必要とされていることに取り組む際には、感情に流されず、自分にも他者にも有益で、現実的で効率的な方法を選ぶ必要があります。同時に、自分の限界や能力を正しく認識しなければなりません。自分の直接の力が及ぶ範囲に全てのものがあるわけではなく、根深い問題を解決するには時間がかかると理解するのは、とても大切なことです。これは、私たちには効果的な行動をとることはできないという意味ではありません。難問に直面したときに力不足だと感じてしまったら、自分に対しても他者に対しても、思いやりの心を育むことは難しくなるでしょう。なぜなら、思いやりの心(苦しみを取り除きたいという願いや意図)は、希望(苦しみを取り除くことができるという信念)に依存しているためです。
私たちの力だけでは、システム全体を変えることはできないかもしれません。けれど、システムの中の重要な要素に集中して、できる限り大きな変化を起こすような行動をとることはできます。グローバル規模・システム規模の問題の大きさに圧倒されることなく、力づけられるような気持ちになるはずです。システム全体に影響を与えている要素を特定できれば、その点に集中的に取り組み、大きな成果を上げることができるでしょう。また、たとえ今すぐに大規模の変化を起こすことができなくても、小さな変化を起こすことには意義があると考えることも大切です。今は小さな変化でも、のちに大きな変化につながることもあります。ゴミと資源とを分別するようなささやかな行動も、積み重ねれば大きな変化になるのです。相互依存的なシステム全体を理解すると、たとえ直接結果が見えなくても、現在の小規模な活動や言動の積み重ねが、将来に大きな影響を与えるための下地になるという確信が生まれます。
複雑な社会問題やグローバルな問題は、小さく分割して分析し、解決に取り組む必要があります。問題の構成要素に対して自分がどう取り組むべきか、また、諸要素が大規模なシステムの中で相互にどう関わり合っているかを理解すると、自信がつき、行為主体性やエンパワメントの感覚を獲得します。これには批判的思考のスキルが必要です。さらに、批判的思考には、複雑な問題について、基本的人権に即した考え方で考察する練習が不可欠です。批判的思考をしても、実行に移される行動が他の人々からも賛同を得られるとは限りませんが、建設的な結果を得る確率は高まります。
コミュニティレベル・世界レベルの問題解決に参加する
たとえ自分の力だけで問題を解決することができなくても、その問題や解決方法について考えることはできます。以下の手順に従って、直面している問題について考えてみましょう:
- システムとその複雑さを認識する
- 長期的・短期的な行動の結果を見積もる
- 基本的人権の枠組みの中で状況を評価する
- ネガティブな感情や偏見の影響を最小化する
- 心を開き、協力的で、賢く謙虚な態度を培う
- 特定の行動方針の良い点と悪い点について考える
長期的・短期的な影響を考慮せずに、行動が実行に移されることは非常によくあります。ある問題について考えるときは、それに対する行動方針に影響される様々な人々のことも考慮しなければなりません。このプロセスを実行し、次第に慣れてくると、行動の持つ様々な意味が分かるようになります。さらに、問題とかけ離れているように見える人々が行動から受ける影響にも、自然に思いを巡らせられるようになります。さらに、問題が基本的人権にどう関連しているか、解決策が個人や社会、そして地球規模の繁栄にどう貢献するかについても考えなければなりません。
コミュニティや全世界に参加するときには、他者と協力し、人々の経験・知識・意見・視点から多くを学び、それらを尊重したいというオープンな態度が大きな支えになります。健全な討論ができるのは、自分とは違う立場にいる人々も各々自分の論拠と経験に基づいて今の立場を取っていると理解し、尊重できる場合に限られます。知的な謙虚さとオープンな態度なくしては、討論や意見の一致は不可能です。対話さえも非建設的な対立と権力闘争になり果ててしまいます。
自分だけで難問を解決できることは極めてまれで、ほとんどの場合、他の人々との協力や共同作業が必要になります。それゆえ、考えや価値観を分かりやすく伝えあう能力はとても重要です。ですから、コミュニティや地球全体への参加は、自分の立場を明らかにし、質問し、他者から学び、建設的に討論する能力によって大きく後押しされます。批判的思考とゆるぎない価値観に基づいて正確にコミュニケーションを取る能力、声を持たない人々に代わって発言し、聞き手を力づけてインスパイアするような話し方は、地球市民として、そして変革的なリーダーとしての私たちにとって、とても強力なスキルです。
要約
第一部と第二部では、自分の感情をコントロールする方法と、家族・友人・同僚などとバランスの良く関わる方法を学びました。最後のパートであるこの第三部では、この世界が相互依存的であること、幸せになりたい、苦しみを避けたいという共通した願いを誰もがみな持っていること、そして、私たちが行動を通じて世界規模の変革に貢献できることを理解し始めました。
私たちの住む世界は複雑です。私たちは大人ですから、他の誰かの助けを借りなくても生きられるように感じることもあるでしょう。世界中の人々が人類の仲間だとしても、自分とはあまりに違うので、自分とは関係ないように思えるかもしれません。さらに、世界に変化をもたらすのは不可能、あるいは難しすぎると考えることもよくあるでしょう。自分の食べているもの、着ている服、運転している車が誰かの仕事によってもたらされていること、つまり自分の生きている世界の現実を理解すると、彼らに対する感謝の気持ちが自然に湧き上がってきます。人類の仲間たちはみな、私たちと全く同じように幸せを願っています。これを理解すると、彼らにも幸せになって欲しいという強い願いを抱くようになります。最後に、小さな行為の積み重ねが大きな結果を生むことを知ると、どんな建設的な行為も、その規模に関わらず、世界の利益になるという確信が生まれます。
このトレーニングプログラムは、一読して忘れ去るためのものではありません。一つずつ実践していきましょう。私たち人間は誰もが異なっています。しかし誰もが、人々との出会いや社会的な境遇の中で様々な課題に直面します。人生の浮き沈みを乗り切らなければならないときには、自分のための行為と、他人のための行為の区別がはっきりします。自分が持つ衝動や偏向を自覚し、反応を制御して批判的に状況を見極める能力をつけると、人生で遭遇するあらゆる事態に対処できるようになります。自分のため、他者のため、そしてより大きな世界のために、自分が持つ素晴らしい潜在能力を発揮できるようにしてゆきましょう。
さらに詳しく学びたい方には、SEEラーニングフレームワークの完全版を読み、瞑想科学と慈悲に基づく倫理センターの他のプログラムの情報を集めることをお勧めします。