はじめに
SEEラーニングは、パーソナル(個人的)・ソーシャル(社会的)・グローバル(国際的)という三つの領域のそれぞれにおいて、私たちの力になるように設計されています。この三つの領域には、別々にアプローチしても、またどんな順序でアプローチしても良いのですが、他の人々やより大きな規模のコミュニティ-これには「全世界」も含まれます-の要求に耳を傾けることを学ぶのであれば、まずは、自分自身の要求や内面生活に関心を向けることから始めなければなりません。
これには、「感情リテラシー」を育みながら取り組んでゆきます。感情リテラシーとは、自分が抱いている感情や、それが自分自身や他者に与える影響を認識し、識別する能力のことです。これによって、巧みに感情のかじ取りをすることができるようになります。感情リテラシーを高めると、究極的には、自分自身や他人に害を及ぼすような衝動的な言動を避けられるようになります。同時に、心の平穏を得て、自分自身の長期的な利益となる、合理的な決定を下せるようになります。ですから、感情リテラシーは、目標に向かって前進するために不可欠なスキルだと言えます。
パーソナル領域における気づき・思いやり・関与
SEEラーニングでは、気づき・思いやり・関与の三つの能力を育むことを目指します。これらの能力は「次元」とも呼ばれます。自分自身の問題に取り組み、さらに複雑さを増していくこの世界に向き合って、より責任ある世界市民になるための知識やスキル、モチベーションは、この三つから得ることができます。パーソナル領域におけるこれらの三つの次元は、三つの視点から考えることができます。
- 注意と自己認識
- 自分自身への思いやり
- 自己統制
「注意と自己認識」とは、精神と身体の状態に気づくように、自分の意識を導いていくことを指します。これには、「心の地図」を使って自分の感情について学ぶことも含まれます。次に、「自分自身への思いやり」によって、自分の感覚や感情を分析することを学び、感情をより大きな文脈の中でとらえてゆきます。これには、私たちの感情が、様々な原因や条件によってどのように生まれるのかを研究し、より深い自己受容を目指すことも含まれます。これらの2つの視点から得られた見識を基に、「自己統制」に取り組みます。自己統制は、日々の生活で直面する人生の課題に建設的に取り組む能力を育み、より上手く衝動を抑えるために必要な能力です。
パーソナル領域におけるこれらの能力は、全て感情リテラシーを向上させるためのものだと言えます。自分の内側にある、気持ちや感情の複雑な領域と折り合いをつける能力を持たなくては、習慣として根付いている自己破壊的なパターンを克服することはほとんど不可能です。これでは、自己制御の能力だけでなく、自分自身の自由さえも制限されてしまいます。自分自身を育てる過程で、特別なツールやスキルを身につけ、それらを使えるようになると、私たちは「感情のハイジャック」を回避できるようになります。身勝手さとは無縁になり、自分の能力を開花させ、成功へと向かうような言動を取るようになるでしょう。では、先述の三つの視点について、さらに深く考えてみましょう。
注意と自己認識
パーソナル領域における目標は、自分の心と身体の中で起きていることへの気づきと、心と身体に関する知識とを組み合わせることです。たとえば、感覚や感情に注意を向けて、自分が体験している怒りを認識することを学びます。同時に、怒りとは何か、なぜ怒りが生じるのかのか、怒りを鎮めるにはどうすれば良いのかなどについて、知的な理解を深めてゆきます。習得した知識と実体験とを組み合わせることが、感情リテラシー向上の初めの一歩です。
注意と自己認識には三つの能力が必要になります:
- 自分の身体と身体感覚に注意を向けること
- 自分の感情や気持ちに注意を向けること
- マインドマップ(心の地図)に従うこと
自分の身体と身体感覚に注意を向けること
まず、自分の身体の中で起きていることに感覚レベルで注意を向けることから始めます。身体はいつも、私たちの神経系の状態について多くを知らせてくれます。なぜなら、一般的に、感情の状態に応じて、心拍数、筋肉の緊張や弛緩、ほてりや寒気など、身体に様々な変化が起きるからです。多くの場合、身体で何が起きているかに気づくと、ある体験の精神的な意義のみを感じ取ろうとするより素早く、自分の精神状態を把握することができます。
身体感覚を意識して、自分の神経系に注意を払うようにすると、次第にストレスや健康状態のサインを感知できるようになります。まず、自分が過覚醒(不安、激怒、動揺)の状態にあるか、低覚醒(無気力、憂鬱)の状態にあるかが分かるようになります。この気づきは、自分や他者の最大の利益となる言動をとるための前提条件となるスキル、つまり、身体のバランスを取り、生理学的に健康な状態に戻ることを身につける最初のステップです。
自分の感情や気持ちに注意を向けること
身体に注意を向け、身体を統制することが、感情と気持ちに注意を向ける基礎になります。身体が落ち着いてゆったりとすれば、心に集中しやすくなります。
ほんの小さな火花が瞬く間に燃え盛る山火事になるように、感情も非常に素早く沸き起こり、急速に勢いを増します。ネガティヴな感情がまだ火花の段階にあるときに感知することができれば、容易に対処することができます。そのためには、ある感情や気持ちが生まれた瞬間に、それに気づく能力を育まなければなりません。この能力は、長い時間をかけ、マインドフルネスなどの実践を通じて向上させてゆきます。
マインドマップ(心の地図)に従うこと
自分の感情や気持ちに気づくには、感情の風景の中を歩む道しるべとなるマインドマップ(心の地図)が大きな助けになります。マインドマップからは、様々に大別される感情の種類やその特徴、またそれが生じたり強まったりする原因を識別するための様々な情報を得ることができます。また、全ての感情がもともと破壊的なものではなくても、文脈や状況にそぐわない場合は破壊的になるということを学びます。例えば、毒蛇に対する恐れは、警戒して近づかないようにするための建設的な感情と言えます。しかし、同じ恐れという感情であっても、それがあまりにも強いと、常に不安を感じ、あらゆるものを恐れて避け、結果的に何もできなくなってしまいます。これでは逆効果です。
マインドマップを使って感情の認識力を高めていくと、いら立ちは比較的穏やかではあっても怒りへと発展しうる精神状態で、怒りを見逃してしまうと、それが本格的な憤怒の大爆発にまで発展し得るということを理解します。ある感情が自分の手に負えないほど暴れ狂う遥か前、まだほんの微細な火花であるうちにその存在に気づくのは、精神の健康のバランスを取るのに不可欠なスキルです。
自分への思いやり
自分への思いやりとは、自己憐憫や自己満足にふけることではありませんし、ただ自己肯定感が高い状態を指すのでもありません。自分への思いやりとは本当のセルフケア、特に自分の内面のケアのことです。自分の感情と要求との関連を理解するのは非常に大切です。これも感情リテラシーの一部です。感情がどうして、どのように生じるのかを理解すると、自己判断しすぎることなく自分の感情を実感できるようになり、結果的に、より深く自分を受容できるようになります。感情とは特定の文脈の中で生まれる一過性のもので、自分の変えられない一部分ではないということが理解できれば、それから先も自分自身と向き合い続ける自信とモチベーションが生まれます。
自己受容と自信は、批判を受け止め、挫折にも建設的に対処して立ち直るための基礎となります。これらを身につけていると、失望のあまり自分自身を過剰に批判したり、自分の価値を見失ったりするのを防ぐことができます。自分への思いやりには二つの側面があります:
- 文脈の中で感情を理解する
- 自己受容
自分への思いやりの基礎となるのは、自分の能力の現実的な評価です。自分自身に優しくない場合は、自分の能力以上のことをやるべきだと感じることもあるでしょう。これは、失望や無気力につながります。現世的な成功を基準にして自分を評価するのではなく、誠実に、我慢強く、正しい理解をもって、自分の欠点を認めていきましょう。
文脈の中で感情を文脈の中で理解する
「感情を文脈の中で理解する」とは、感情が自分の価値観や要求、期待にどのように関連しているのかを理解するということです。これには批判的思考が欠かせません。自分の内面に耳を傾けることはすでに学んでいますが、ここでは、ある状況に対する感情的な反応は、外的な要因だけではなく、自分自身の視点や考え方などからも影響を受けているということを学びます。私たちの視点や考え方は、自分自身の要求の主観的な認識に根差しています。例えば、確実さが得られない状況で確実さを求めていることが原因で、不安になっているのかもしれません。尊敬されなければならないという思いから、怒りが生まれているかもしれません。忍耐と時間が必要な状況で、何かがすぐに変わることを求めているから、絶望するのかもしれません。これらの全てのケースにおいて、感情の引き金となっているのは、何よりも自分自身の考え方です。
これらの見識を獲得すると、徐々に、自分自身の価値を認識して尊重し、自分の価値と内なる自信の持続的な感覚を育むのに適した姿勢が身についていきます。同時に、不健全な自己判断につながる非現実的な期待を特定することも学びます。感情的な反応がしばしば自分の要求に由来していることを理解したら、その要求を批判的に評価し始めます。全ての要求が同じように重要だとは限りません。自分の価値観や、その価値観を体現する生き方を実現するためのものをさらに尊重できるようになったら、欲求と要求を区別する訓練をします。すると、短期的な欲求の追求は長期的な幸せにはつながらないことがはっきりします。
自己受容
社会における怒りが徐々に内側へ向かっている現在、自己受容は特に大切です。行き過ぎた自己批判や自己嫌悪、自己憎悪は一人一人の健康と幸せを著しく害し、結果的に他の人々もひどく傷つけることになります。自尊心は他人との比較を基本にしているので、自尊心を高めることは良い解決策とは言えません。高い自尊心が脅かされたときに怒りを爆発させる人もいます。ですから、人生の感情的な側面や要求をよく理解して、自分の中にある勇敢さや回復力、人間らしさや勇気を身につける方がはるかに良いメソッドだと言えます。これによって、自分自身や他人に対する完璧主義的な理想化を緩め、現実的な期待へと変化させてゆくことができます。今日の社会では、ソーシャルメディアやテレビ、映画などを通じて、私たちは膨大な非現実的なイメージを非常にたやすく受け取ってしまいます。理想化されたセレブと自分を比べたり、完全で何の制約も持たないスーパーマンやワンダーウーマンのように行動しなければならないと信じ込んだりします。そのような到達不可能な基準を設定しているために、本来必要のない精神的な苦しみを抱えてしまうのです。その結果であるフラストレーションが、鬱や自己非難などの形で現れ、自傷行為や反抗、他者に向けた暴力にまで発展することもあります。
自分自身の精神的な側面をよく理解していないと、課題や困難、挫折を乗り越えることも、変化を起こしたり建設的な行動を取ったりする機会を見出すことも難しくなります。自分の限界を考慮した現実的な視点は、心をむしばむようなこのサイクルを回避するための鍵です。自分が直面する困難の起源や性質を理解し、忍耐力を育むと、有害な精神状態や言動から自分を遠ざけ、新しく方向性を定めるモチベーションが生まれます。同時に、自分には価値があるということも学びます。自分の価値は、自分や他人が任意に設定した基準を満たす能力があるか、あるいは満たした実績があるか否かには関係ないのです。外的な条件に依存しない自尊心の感覚は、困難からの回復力を力強くサポートするものです。
このような自己受容を深めるためには、ある程度の失望や苦悩は不可避だという事実についてもじっくりと検討しなければなりません。全てのことを完璧にこなすことも、連戦連勝することも、全てを知るこも、決して間違いを犯さないことも、どれも不可能です。この事実に向き合わなければならないのは私たちだけではありません。全ての人の人生に関する事実なのです。
自己統制
これまでの二つのセクションで扱われたトピックや訓練は、自己統制の基礎となります。自己統制とは、身体、精神、感情に関する見識と気づきを補強する実践や言動のことです。このとき目標とするのは、自分自身や他人に必要以上の問題を引き起こさないように、自分の感情のかじ取りができるようにすることです。すると、感情は障害物ではなく、盟友になります。自己統制は三つの部分で構成されます。
- 身体のバランスを取る
- 認知と衝動のコントロール
- 感情のかじ取りをする
身体のバランスをとる
ストレスを感じているときや、過覚醒・低覚醒の状態にあるときは、上手に感情のかじ取りをするのに必要な認知と衝動のコントロールを向上させるのは簡単ではありません。身体の統制なくしては、心に安定と明晰さをもたらすのはほとんど不可能です。ですから、身体のバランスをとる訓練はとても有益です。トラウマや幼少時の不幸な経験に苦しんでいる場合や、好ましくない環境で生活している場合、身体のバランスをとるのは特に重要なステップになります。
ただ身体をリラックスさせることや眠りを誘うことと、身体のバランスをとることとは全く別物ですから、明確に区別しなくてはなりません。ここでのゴールは、注意力や学びにつながるような、身体・精神両面が統制された状態を実現することです。これが達成されると、だるさや眠気、無気力は感じず、活発で回復力に富み、バランスのとれた感覚を得ることができます。
身体のバランスを取る第一歩は、安全な空間づくりです。信頼と安全を感じられないと、私たちは非常に警戒した精神状態にとどまり続けてしまいます。しかし、安全だと感じると、自分の考えや感情を、好奇心の赴くままに、自由に探究することができます。このような安心感を生むのは予見可能性で、予見可能性を生むのは言動の一貫性です。ここで言う一貫性とは、自分に固執することではなく、理解と思いやりをもって自分自身と接する態度の一貫性を指します。
身体のバランスを取り、安心感を深めるのに役に立つのはこのようなものです:
- リソーシング:「リソース(供給源)」にアクセスする練習です。「リソース」には外的なものも内的なものもあります。外的なリソースとは、友人、お気に入りの場所、嬉しかった記憶、大好きなペットなどです。内的なリソースとは、スキルやユーモアなどの自分のポジティブな側面や、力強く頼もしく感じられる身体の部分などです。このようなリソースを意識すると、安心と安らぎを感じて、回復するための力がみなぎるのを感じます。練習を重ねて上達してきたら、これらのリソースについて考えているときの感覚を追跡し、ストレスや不安を感じているときの感覚と対比させてみましょう。
- グラウンディング:「グラウンディング(接地)」とは、自分を支えているものと自分の身体が触れたり接したりしている部分、あるいは身体が支えられているのを感じる部分のことです。地面や支えと身体とが接している部分の感覚に意識を集中します。姿勢を変えてみて、感覚がどう変化するかにも注意します。
- アクティビティ:ヨガや太極拳、音楽を聴くこと、絵を描くこと、日記をつけることなどの「アクティビティ(活動)」から、身体のバランスをとるための正式なメソッドへと移行してゆくこともできます。最も古くて最もシンプルな方法、つまり、自分の呼吸を数えて深呼吸に集中するというメソッドを使っても良いでしょう。
認知と衝動のコントロール
人生で成功をつかむためには、常に何かに気を取られることなく、やるべきタスクに集中できるようにしなければなりません。これには、たとえば重要な会議中に集中力を保ち続けるというようなことだけではなく、自分の非生産的な考えや言動に気づくことも含まれます。自分の衝動をコントロールし、衝動にまかせて行動しないようにするには、気を散らすものに意識を取られないところまで注意力を高め、それを維持することが不可欠です。大切なのは、ここで言う注意力とは、集中力を自分の内面に向け、自分の心と身体の変化が起きた時にそれを追跡する能力を指すということです。注意力を鍛えると、刺激を与えるものと自分の反応との間に十分な距離を置いて、十分に考えた上で反応することができるようになります。
これは、直面する課題に果敢に取り組んで、長期的な目標を達成するために必要な能力です。ただ先生や上司に注意を向けるというだけではなく、自分の注意力をしっかりとコントロールできると、自分の認知のプロセスや感情を制御して、より明確に行動できるようになります。こうして、人生において有利なポジションを獲得し、それを存分に堪能できるようになるのです。
注意力強化に特化したストラテジーもあります。注意の対象となる特定のものに集中し、自分の心や身体の中で起きていることに意識を向け、自分の考えや感情を観察することに尽力します。こうして、「完全に存在する」ことを身につけるのです。
感情のかじ取りをする
身体のバランスを取ること、そして認知のコントロールすることから学んだスキルを使って、自分の感情のかじ取りをします。これは感情リテラシーの最後のパートで、知識を応用するためのステップです。
ここでは感情の識別能力を育みます。感情の識別能力とは、生産的で、自分にも他人にも有益な感情を抱いているとき、あるいは、心をむしばんで傷つけるような、自分にも他人にも有害な感情を持った時にそれを認識する能力のことです。この能力を高めるには、自分自身の経験を考察したり、マインドマップを使ったりすると良いでしょう。自分の過去の経験を振り返り、感情がどのような役割を果たし、それがどんな結果につながったかを振り返ってみると、自然に、建設的・破壊的な感情についての理解が深まるでしょう。その結果、自分や他人を傷つける恐れのある精神状態に対して用心深くなります。また、どんな感情さらに大きく育てたいのか、どんな感情は変えたいのかを判断することもできます。感情を識別し、統制する能力を強化するには、まず初めに、熱狂や勇気、そして自信が強まる感覚を実際に体験しなければなりません。
要約
心や感情、感覚を理解すること、つまり感情リテラシーを向上させるのは、健全な自尊心を育て、自分の持つ全ての感情に向き合う能力を強化するために欠かせないステップです。自分の感情は生得のものではないと理解すると、感情に上手く対処して、自分を受け入れられるようになります。怒ることをやましく感じたり、沈んだ気持ちになることに苦しんだりする理由はないということも理解します。マインドマップを手に入れて、様々な感情の因果を理解できたら、何が心に平安をもたらし、何が苦しみをもたらすのかが明らかになるでしょう。ネガティヴな感情に対しては、手に負えなくなる前にそれを捕まえて対処するスキルを学びます。この訓練を行うことで、自信がつき、自分の持つ可能性を最大限に発揮できるようになります。
さらに詳しく学びたい方には、SEEラーニングフレームワークの完全版を読み、瞑想科学と慈悲に基づく倫理センターの他のプログラムの情報を集めることをお勧めします。